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現役のみなさんが第5戦のレポートを書いたところで
こないだの焼肉のときにちょっと出てきた話題について自分なりに考えていることを書いてみます。
大石です。

追記:何を言っているかわからない垂れ流し文章ですが、意見をくださるとありがたいです。
でも、読まなかったことにしてもらった方がいいような気がしてきました。
頭の悪いわかりづらい文章ですが、それでもよい方はお読みください。

・問題
ローリングが速い。

何が問題なのかというと、後ろの方のドライバーがフェアにレースを始められないことです。
(ローリングのスピードにかかわらず)後ろのドライバーは何かしら不利を受けることが多く、
場合によっては隊列の乱れからクラッシュに発展することがあるように思います。

石野に行ってレースを見てきて、こんなにフェアなスタートが切れるんだ!と思いました。
もちろん、SUGOは石野とはサーキットの構造が違います。特にホームストレートが明確な登りである以上、
少なくとも石野と同じようなローリングスピードではかぶるカートがたくさん出て、ひどいことになるでしょう。
しかし、今よりもう少し・もうひと回り遅くても今より被るカートが出ないスタートが切れるんじゃないのかな?
と疑問に思っていたわけです。

ぼくがレースの世界に足を踏み入れてまだたったの3年です。
もっと長く携わってきた人の経験を軽んじるつもりは全くありません。
ぼくが3年ぽっちで経験できなかったことを沢山経験してきて、その経験が今のスタートを認めているのかなと思っています。
ぼくがフェアに、フェアにと言っていることがレースの世界で生き残っていくためには甘い考えだということを、きっと体験してきたのだと思っています。

焼肉屋でぼくは「クリーンなレースの喜びがレースの本質だ、何事にも代えがたい喜びだ」と言いました。
そのあと考えなおしました。勝っていない人間が「何事にも代えがたい」なんて言うのはおかしいなと。
勝ってこそレースの「本質」という大きなことを言えるのではないでしょうか。
少なくとも、ぼくには本質として信じていたものを人に大声で押し付けることは出来なくなりました。

ぼくにはレースの本質はわかりませんが、それでも尚フェアなレースが本当に楽しくて、エキサイティングなものだと知っています。
その喜びを共有できれば何よりだと思っています。
しかし、みんながみんなダーティなレースを忌避してるわけではないことを、同時に理解しています。
ぶつけてでも前に行かなけばならない立場の人がいることを知ってしまえば、こんな理想論がまかり通らないことをわかっています。
ただやっぱり、結果しか残らないとわかっていても、クリーンに勝ったのとぶつけてぐちゃぐちゃになって前に出たのとは、ぼくは違うと思います。

話が脱線してきました。
いつでも全くぶつけずにクリーンでフェアで…みたいな聖人君子はいないでしょう。
しかし、出来るところでフェアでいれるなら、それは何から何までレースじゃない無法地帯と比べればいいだろうことは明らかです。。。違いますか?
極論を挙げるのは詭弁かもしれませんが、ルールに則ってレースをしているのですから、守れる範囲で守ることが公平なレースということだと思います。
その「守れる範囲で」に、ローリングは入らないのでしょうか?

公平なレースをしたいわけではないのでしょうか。
レースが行われた、リザルトが出た、殆どの人が文句を言わなかった。
これで十分なのでしょうか。文句が出なければフェアなレースだったということになるのでしょうか。
それなら、今まで通りのローリングでいいと思います。

今のスピードで不利なスタートを強いられた場合、本当に全て自己責任になるとは思えません。
ローリングスピード次第でフェアなスタートになり得たのですから。

何を言っているか全くわかりません。まとまりません。
最後に言いたいことだけ言いますと、
せめて、もうひと回り遅く。1周でローリングを揃えないのはなあなあで許されてるけど、ちゃんと1周で揃えましょう。

整理のついてない文章ですが、読んでいただきありがとうございました。
質問などありましたらコメントをお願いします。
というかいちいち聞き出さないと意図がわからない文章だと思います。
すみませんでした。
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